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ハロウィンが日本でなんでこんなに盛り上がっているんだろう? ふと思って調べていくうちにこちらの記事にも少し触れていますが、「ケルト民族」というワードが頻繁に出てきます。

で、この「ケルト民族」ってなんでしょうか? ケルトという言葉だけ聞いても、どの国か地域かもよくわからずモヤモヤしていたので、ちょっと気合を入れて、ケルト民族について調べてみました。

ケルト民族の神話でよく語られるのは「アーサー王伝説」ですが、これは全くのフィクションです。アーサー王伝説は、ケルト神話や騎士道物語に多く伝わっています。

しかし、それぞれの伝説によって内容は様々なんですね。「円卓の騎士」という有名な騎士達も、全く別の伝説から取られた主人公や登場人物だと言います。

各国の貴族や騎士は、アーサー王伝説に自分達の先祖を結び付けたため、伝説はさらに書き換えられていったようです。そんなきっかけで「このアーサー王物語とハロウィンに何か関係があるかも?」……という発想に行き着いたので、さらに深掘りしていきます! ぜひ読み進めてみてくださいね。

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ハロウィンの歴史…ケルト民族の神話「アーサー王伝説」とは?

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ケルト人たちは、アイルランドやウェールズ地方の、体系化された神々や英雄の物語を現代に伝えています。その神話は大きく分けて、 「アイルランドにおけるケルト神話」と「ウェールズにおけるケルト神話」に分かれますが、後者の神話の中に「アルスル王の物語」というのがあり、それがアーサー王とその武将達が登場する物語となっています。

その物語の内容とは……魔術師マーリンに育てられたアーサーは、王に即位して聖剣エクスカリバーを得て、イングランドを統一した後、フランスのブルターニュ王、ローマ皇帝までも兼ねるようになります。その後は、数々の不倫や戦いの物語となっていきます。

魔術師マーリンの猛反対を退けてアーサーが結婚したグィネヴィア王妃は、嫁入り道具に巨大な円卓を持参しました。アーサーは円卓の席を諸侯の騎士に与え、有名な「円卓の騎士団」が結成されました。しかし、これが、王妃の不倫や騎士団の不忠の始まりとなり、 円卓の騎士団が崩壊した時、アーサー王も没落の身となっていきます。

アーサー王の時代はイングランド王権成立前、コーンウォールに住んでアングロサクソン人の侵攻と戦っていたケルト人の時代です。その物語が長年書き換えられてきた時代背景に、イギリスの誇りと混迷が見えるような気がします。

そんなドロドロの壮大な昼ドラみたいな物語なんですね……そんな「アーサー王」のミュージカル風の動画がありましたので、雰囲気だけでも、お楽しみください。

▼Mon combat (Tir Nam Beo) (Clip officiel) – La legende du Roi Arthur

そもそもケルト民族ってどんな民族?

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ケルト民族は、紀元前1200年頃には、ヨーロッパのかなりの地域に広がっていたようです。早くから鉄器を知っていたようで、それでヨーロッパの支配的民族になりました。紀元前387年には、ケルト人がローマを占領しています。

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しかし、ギリシャ進出に失敗し、ローマからも追い出されたケルト人達は、紀元前58年から51年頃には、ローマのカエサル軍によってイギリス本土の侵攻を受けます。

やがてローマがイギリス本土を支配しますが、4世紀頃には、アングロサクソンと言われるゲルマン系民族の侵攻や、スコットランド民族の侵略を受けるようになりました。

ケルト人の宗教は自然崇拝の多神教だったのですが、4世紀にはキリスト教が根づき、ケルト人キリスト教が生まれました。やがてこれは衰退しますが、20世紀になって、ケルト人のキリスト教を見直す運動も起きているようです。

ケルト文化は、2500年以上の歴史があります。古代のケルト文化は文字を持たない文化で、自然崇拝と心の中の真理を重んじるものでした。ですから、物語や美術造形は、現実の写実より「空想で描く世界」を大切にするものでした。アーサー王物語やハロウィンの風習は、そんな背景から生まれたのですね。

なぜハロウィンはケルトの祭りだったのに世界的なイベントになったの?

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古代ヨーロッパのほとんどを支配していたケルト人。かつての栄光を永遠に残す意図があるようなアーサー王伝説。ここにケルト人の誇りがあるとすれば、彼らが創り出したハロウィンの風習は、この文化的遺産を世界に広めたいという意図を持っていたと推測してもおかしくないでしょう。

ハロウィンが世界に広まったきっかけは、アイルランド人達のアメリカ移住でした。彼らがアメリカ移民として定着するようになった理由は、イギリス国教会のカトリック教会への迫害や、1845年から1849年に発生した「ジャガイモ飢饉」、1848年のアメリカゴールドラッシュなどだったようです。

アイルランド移民達は、アメリカでハロウィンの風習を広めていきました。例えば、ジャックオブランタンは、元々アイルランドではかぶをくり抜いて作っていたのを、アメリカ人たちがカボチャに変えたことが今に伝わっているのです。

日本にハロウィンがやって来たのは、1970年代にキデイランド原宿店がハロウィン関連商品を店頭販売したときからではないかと思われます。しかし、ハロウィンがブームになるのは、それから30年程経ってからなんですね。

ケルト民族の神話 まとめ

アーサー王伝説とハロウィンを対比させると、どこか共通する所がありますね。人間の邪悪なものに翻弄されるアーサー王は、ローマ人やゲルマン人の侵入によって混乱するケルト人を象徴しているかも知れません。それは、悪霊を侵入させないために行うハロウィン儀式にも色濃く反映されているでしょう。

アーサー王伝説もハロウィンの風習も、キリスト教圏の国で育った文化ですが、元々はキリスト教の影響は受けていません。どちらも、キリスト教的価値観とは隔たりがあるものです。そう言えば、ハロウィンは異教の風習なので、キリスト教の教会でその儀式をすることはないですね。

キリスト教的風習に見えてそうではない所が、日本などの国に受け入れられやすい要素になっているのかも知れません。

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